
東北の小藩を舞台に、藩医涼庵と庄屋の若き未亡人ゆみえが織りなすスリリングな物語。貧しさに苦しむ人々のため、病に効き、飢饉時にも役立つ山野草の普及に力を合わせる2人。が、人々の尊い命が見えない何かに翻弄されていく。あの美しい花に猛毒が? 愛は狂気に変わるのか…? ともに生き抜こうとする知恵と術で、事件の裏側に迫る。
目次や構成
[目次]
- 第一章 お松の方
- 第二章 救荒草木図
- 第三章 百合根長者
- 第四章 乙女椿
- 第五章 彼岸花
- 第六章 塩の花
- 第七章 桔梗ヶ原
「作者の言葉」
はじめての時代小説を出させていただくことになりました。
わたしは従来ホラーミステリー作家といわれてきました。
けれども「藩医 宮坂涼庵」はホラーがかった時代物ではありません。
書きたいと思うに至ったきっかけは二つあります。
一つは食文化学者日下部遼シリーズの取材で一ノ関におもむき、江戸時代の医師建部清庵の存在を知ったことです。
この人物はかの有名な杉田玄白と交友があり、的確な西洋医学批判など、玄白にひけをとらない見識と外科医としての腕前を持ちながらも、江戸へ出て名をあげようなどとは考えませんでした。
"遂げずばやまじの魂"といいつつ、生涯を寒冷で飢饉の多い故郷の地に捧げたのです。
そして彼の偉業を物語っているのが著した「備荒草木図」なのでした。これは飢饉にそなえて植えた方がいい果樹−−栗、柿、桑、なつめなどのことや、山野草の食べ方を記したもので、たとえばワラビ粉は塩と一緒に摂らないと頭髪が抜け、足が立たなくなり、いずれ命を失うなどという内容が書かれています。
つまりノビルには毒があるというのも含めて、飢饉下では現在のわたしたちの想像を絶するほど、人間は体力を失い、山野草のアクさえも命取りになったという事情が窺われます。
わたしはこの著に惹かれました。
さらにこれを書かずにはいられなかった゛やまじの魂゛の大きな優しさと固い信念に惹かれました。
そしていつしかこの建部清庵をモデルにした話を書いてみようと思いはじめたのです。
けれどもわたしは一度も時代小説を書いたことがありません。
自分にできるのかとやはり不安でした。
それでも書きたいという気持ちは強く、それに押されるようにして、山本周五郎の「赤ひげ」を再読しました。
山本周五郎作品は中学時代のわたしの愛読書でもありました。
特に「赤ひげ」には深い感銘を受けていたのです。
この「赤ひげ」に賭けました。
これを読んで違和感を覚えるようなら、書くのは諦めるしかないと思ったのです。
ところが「赤ひげ」は再度わたしを魅了して虜にしたのです。
そして次にはもうわたしなりの゛東北の赤ひげ゛を書きはじめていたのです。
ですからこれを書いたきっかけの二つ目は「赤ひげ」ということになります。
著者情報
和田はつ子
東京生まれ。日本女子大学大学院卒業。出版社勤務の後、テレビドラマ「お入学」の原作『よい子できる子に明日はない』や『ママに捧げる殺人』などで注目される。『心理分析官』『十戒』『かくし念仏』『魔神』などの小説作品のほかに、『ダイエットの秘訣は「日本の食生活全集」から学んだ』など著書多数。

藩医 宮坂涼庵
定価1,980円
(本体1,800円)
2005年2月