
小説で現代によみがえった「蟹工船」。もともとは日露戦争勝利で漁場を拡大し、駆逐艦に守られて操業し、カニの輸出でもうける日本帝国の「国策事業」だった。文学だけでは語り得ない史実としての蟹工船の実態と、そこに象徴される北洋労働の問題を通じて見えてくる日本近代の基本的な構造を考える歴史読み物。
目次や構成
〔目次〕
- はじめに
- 第1章 北洋漁業の始まり
- 世界史の中の北洋
- 名義はロシア人、経営は日本人で
- 缶詰製造の始まり
- 第2章 帝国主義の時代の中で
- 近代日本の構造
- 北清事変と博愛丸の登場
- 日露戦争とエトロフ丸拿捕
- 北洋漁業は日露戦勝ポーツマス条約で大発展
- 第一次大戦・シベリア出兵期に火事場泥棒的大儲け
- 蟹工船の技術的基礎の形成(1914〜21年)
- 第3章 蟹工船の実態
- 蟹工船の構造と人員構成
- 勃興期(1922〜26年)の企業
- 「地獄さ行ぐ」労働条件はどうして生じた?
- 虐待・傷害事件は特に勃興期に多い
- たまたま起こった事件でなく、一漁期のあいだ続く強制
- 争議・労働関係を隠蔽する『近代漁業発達史』
- 第4章 全盛期の蟹工船
- 全盛期(1927〜30年)の内外事情
- 多喜二は虐待だけでなく、広く北洋での闘いを描く
- 「『カムサッカ』から帰った漁夫の手紙」との関係
- 蟹工船は舞台。帝国主義の構造が映し出され、闘いが起こる
- 第5章 エトロフ丸事件の真実
- 函館水上署に訴え出る。虐待死傷事件として最大
- 遅れて起こった理由、最大になった理由
- 裁判を富山県内へ移して隠す
- 戦後も続く富山県内での隠蔽
- 死者たちの姓名人格の復活を
- 第6章 独占期と戦後の蟹工船
- 独占期(1931〜42年)
- 戦後の蟹工船
- 日ソ関係と日本の蟹工船の終焉
- まとめ
- あとがき
第1章より
- 蟹工船や北洋漁業一般の活動の中心となる北洋とは、オホーツク海やベーリング海つまりカムチャッカ半島と千島列島の東西に広がる海域です。これは極東と呼ばれる太平洋東岸のの中でも、北端部分にあたります。極東という言葉は、地球表面を分割しつつあった欧州列強が、自分たちから最も遠いという意味でつけた言葉で、陸路でも東欧から何千キロと寒冷の大陸を横切ってこなければなりません。汽船で南を迂回するほうが楽ですが、やはりヨーロッパから最も遠い道のりになるわけです。そんなわけで、産業革命でヨーロッパの一角に生まれた資本主義が19世紀に地球全体を覆ってくる過程でも、南北両極に近い部分以外では、最後に残ったのがこの「極東」の、太平洋北端部だったのです。
著者情報
井本三夫
1930年富山県生まれ。元茨城大学教授。著書『北前の記憶』(桂書房)、『図説米騒動と民主主義の発展』(共著、民衆社)など。

蟹工船から見た日本近代史
定価1,760円
(本体1,600円)
2010年2月