
マルクスの二つの弁証法命題(第一命題=「研究過程の弁証法」、第二命題=「発展と没落の弁証法」)を軸に、どのような方法論の進化があったかを究明。弁証法についての沈黙の時期から、恐慌論探究のなかで起きた1865年の「ひらめき」以後の発展など、全過程を探って見落とされていた“ミッシング・リンク(失われた環)”のもつ広範な意義を明らかにする。
目次や構成
目次
- まえがき
- 序篇 マルクスの弁証法探究の歴史
- 一 弁証法との絶縁の時期があった
- 二 経済学の著作『草稿』執筆と弁証法観の転換
- へーゲル弁証法にたいする態度の転換
- マルクスの経済学研究の当時の到達点
- 新しい経済学の方法論──弁証法観の転換
- 三 『資本論』第一部第二版の「あと書き」を読む
- 『資本論』第一部ロシア語版の刊行
- マルクスを感激させたカウフマンの書評
- 弁証法について。マルクスの「第一の命題」
- 弁証法について。マルクスの「第二の命題」
- 第一篇 研究過程の弁証法──「叙述の仕方」と「研究の仕方」──
- 一 方法論の角度から「序説」を読む
- 経済学の研究対象について
- 経済学の方法の問題
- へーゲルの弁証法をいかに活用すべきか
- 著作の構成序列について
- 二 「資本一般」が『五七〜五八年草稿』の内容
- 「三分法」が「資本」部分を構成する指針となった
- 「資本一般」をどう定義づけるか
- 忘れられた再生産論の最初の表式化
- 利潤率低下の法則も「資本一般」の枠組みで論じる
- 同じ弱点は『六一〜六三年草稿』にもひきつがれた
- 三 次の草稿執筆を周到に準備する
- 抜粋ノートから「引用ノート」を作成
- 「引用ノートへの索引」と「資本主義」の呼称の登場
- 『五七〜五八年草稿』の「摘録」をつくる
- 『六一〜六三年草稿』のプラン作成
- 四 『六一〜六三年草稿』と「資本一般」
- (1)『六一〜六三年草稿』の執筆。1861年段階
- 『六一〜六三年草稿』の執筆を開始
- 機械論での挫折 草稿執筆を中断する
- (2)1862年。「剰余価値に関する諸学説」
- ノート一三冊に及ぶ学説史研究
- (成果一)再生産論の形成
- (成果二)絶対地代論の誕生
- (成果三)恐慌論の包括的探究
- (成果四)方法論での開眼
- 「資本一般」の枠を外してこその達成
- 五 恐慌の運動論の発見が、『資本論』構成の新局面を開く
- 第三部草稿執筆中のインタナショナル発足
- 第二部第一草稿での恐慌論の新たな発見
- 『資本論』の著作構成の根本的な変更に踏み切る
- 第二篇 使用価値と交換価値の弁証法
- 一 使用価値論の突破口を開く
- 最初の商品論には「使用価値」が登場しなかった
- 剰余価値論が使用価値研究の「突破口」に
- 突然の問題提起──使用価値論の一般化はありうるか?
- 二 商品論の新たな発展──使用価値と交換価値の対立と統一
- 1858年6月〜59年1月 著作の内容に根本的変化が起こる
- 使用価値観の根本的な変革──「索引ノートから」
- 『経済学批判』第一分冊の完成まで
- 商品世界研究の新しい次元。『経済学批判』、そして『資本論』へ
- 三 固定資本。使用価値規定をめぐる混迷
- 「固定資本」と「流動資本」をどう定義するか スミスとリカードウの場合
- 『五七〜五八年草稿』でのマルクス
- 四 機械段階の「固定資本」論(『五七〜五八年草稿』)
- 機械段階。労働者の地位はゼロに近づくか
- ユア『工場哲学』を読みながら
- 大工業の発展は価値規定を否定するか?
- 五 『六一〜六三年草稿』での使用価値規定
- 著作の第一歩から使用価値と交換価値の弁証法が登場
- 機械論でのつまずきと使用価値問題
- 執筆再開後は使用価値規定を全面的に活用
- 六 俗流経済学者の滑稽な非難にたいして
- 第三篇 発展と没落の弁証法──「肯定的理解」と「必然的没落の理解」──
- 一 「恐慌=革命」説の成立
- 1850年に誕生した「恐慌=革命」テーゼ
- テーゼ成立に至る経過を見る
- 利潤率低下の法則にかんするマルクスの歴史的発見
- 利潤率の低下法則を「恐慌=革命」説に結びつける
- 二 『五七〜五八年草稿』の場合
- マルクス、「資本の文明化作用」を強調する
- 労働者階級の役割への言及がない
- 「必然的没落の理解」は無証明のままに終わった
- 三 『六一〜六三年草稿』の場合(1861年段階)
- 利潤率低下と恐慌。最初の探究
- 四 『六一〜六三年草稿』の場合(1863年段階)
- 労働者階級の位置づけに大きな変化があった
- 「独自の資本主義的生産様式」が機械制段階の代名詞に
- 機械制工業における新しい労働者像──「全体労働者」
- 未来社会の担い手という主体的条件の発展
- 五 運命的な年──1864年
- ヨーロッパ情勢の変化の進行を見る
- ヨーロッパの労働者運動との接触が始まる
- 「必然的没落」論の立証をめざし、市場競争の研究に踏み込む
- インタナショナル創立にあたって
- 六 恐慌の運動論の発見(1865年)
- マルクスが発見した恐慌発生の仕組み
- それはマルクスの経済学研究の大きな転換点となった
- 七 1865年。ただちに『資本論』構想の転換へ
- 再生産論の第二部への組み込み
- 講演「賃金、価格および利潤」
- 『資本論』第三部第四章〜第七章の執筆
- エンゲルスに『資本論』草稿の完成を知らせる
- 八 『資本論』第一部完成稿の執筆
- 労働者階級の主体的発展を追跡する
- 新たに書き起こした「第二三章」──社会的格差の極限までの拡大
- 九 「必然的没落」の弁証法。最後の到達点
- 資本主義的生産の成立と発展。徹底した収奪とその結果
- 「必然的没落の理解」の結論的な定式
- 社会変革の内容について──二つの文章
- [補注] マルクスによる過渡期の理論の展開
- 一〇 新しい恐慌論のその後
- 第三部草稿──商人資本論での恐慌論の展開
- 第二部第二草稿──恐慌論の本格的展開は第二部最後の部分で
- 第二部第五草稿──新しい恐慌論の意義づけを明確に
- 第四篇 弁証法の解説者、エンゲルス
- 一 実現しなかったマルクスの弁証法解説
- 二 エンゲルスと弁証法
- エンゲルスにも、弁証法とは無縁な一時期があった
- 弁証法研究をマルクスに知らせた最初の書簡
- エンゲルス、マルクスの弁証法を解説する
- 自然弁証法の研究への八年間の集中
- 三 デューリングとの論争のなかで
- 1870年代、ドイツの党内にデューリング熱が発生
- エンゲルス『反デューリング論』における弁証法
- 弁証法は、事物に外から当てはめる「型紙」ではない
- あとがき
著者情報
不破哲三
社会科学研究所所長。1930年生まれ。主な著書「北京の五日間」「私たちの日本改革論」「日本共産党と中国共産党の新しい関係」「二十一世紀と『科学の目』」「科学的社会主義を学ぶ」など多数。